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昔は貧乏だった…それでも大成功を収めている芸能人の方々
今やテレビで華々しい活躍をされている芸能人の方々の中には、昔は実家が貧乏で苦労していたというエピソードを持つ方も少なくありません。
中には「え!?そんな生活をしていたの?」と現在の姿からは想像もできないような衝撃的なエピソードが飛び出すことも多く、バラエティ番組などで話が披露されるとたちまち話題になることも。
しかし、そんな逆境の中でもめげずに前を向き続けた結果、現在の大成功へと繋がっていると考えると、見習いたい部分は多いですよね。今回は、そんな昔は実家が貧乏だった芸能人と衝撃的な貧困エピソードをご紹介します。
衝撃的なエピソードも…『実家が貧乏だった芸能人』5選
実家が貧乏だった芸能人には、どのような方々が当てはまるのでしょうか。今のご活躍からは想像できないような大成功を収めている方も、実は昔は苦労していたのかもしれません。
1.サンシャイン池崎
芸人のサンシャイン池崎さんは、奇抜な芸風が世間の目に留まり、一世を風靡しました。現在は愛猫家として保護活動にも力を入れていることでも知られています。
そんなサンシャイン池崎さんのご実家が今にも崩れそうな家だったことは多くのテレビ番組で取り上げられたため、多くの人が知るところです。
実は3歳までは裕福な暮らしをしていたそうですが、父が経営していたタバコ工場が火の不始末で2度も全焼したことを受けて極貧生活に転じてしまったといいます。「雨漏りどころか、骨組みだけで家の向こう側が透けて見えている廃屋のような造り」と話していたことも。
2.アンミカ
アンミカさんは、現在ではポジティブな思考の持ち主としてバラエティで大活躍されている方ですが、実は幼少期は他人の家の2階に居候させてもらっていたという極貧生活を送っていたのだそう。
4畳半という狭い部屋に7人暮らししており、台所は共用でお風呂はなかったといいます。また、テレビは拾ってきた小さなものを使っていたそうで、ペンチで摘んで回してどうにか使っていたのだとか…。
しかし、幼少期から性格が明るかったようで、その持ち前の快活さで思春期も乗り切り、今では大成功を収めています。
3.NON STYLE・石田明
NON STYLEの石田明さんは、幼少期に父親がお金をギャンブルで使ってしまい、家賃も払えない生活をしていたというエピソードを明かしています。
そこで、赤の他人である3人家族と一緒にシェアハウスを始めて、家賃を折半することで生活していたのだとか。食事は白米を近所の方に分けてもらったり、もやしに醤油を少しだけ垂らして食べていたりと超節約生活だったといいます。
そんな極貧生活を送っていた石田さんでしたが、現在はこの経験も「テラスハウスのはしりだった」と笑い話に変えるほど。一時はうつ病を患ってしまったこともありましたが、現在もお笑い芸人として第一線で活躍しています。
4.河井ゆずる
アインシュタインの河井ゆずるさんは、子どもの頃に雑居ビルの屋上にあるプレハブ小屋に住んでいたという衝撃的なエピソードを語り、話題となりました。
トイレやお風呂は簡易的な仮設のものを使用していたそうで、お湯は熱湯か冷水しか出ないため、冬は熱湯に水を差し水することで温度調整していたといいます。
また、プレハブ小屋の屋根は非常に脆く、少し強い風が吹いただけでも飛んでいってしまうため、よくなくなってしまったのだとか…。そんな光景を目の当たりにしても、河井さんのお母様は「乗ってるだけだから」「屋根じゃなくてフタ」と淡々と言っていたというエピソードも明かされています。
5.浜田雅功
お笑い芸人の大御所として、テレビに出ていない日はないのでは、と思うほど高い人気を誇る浜田雅功さん。恐ろしいエピソードの数々が芸人仲間から披露されることも多い浜田さんですが、実は子どもの頃は恐ろしい極貧生活を送っていたのだとか。
大阪万博が終わった頃から、浜田さんのお父様が知人の借金の連帯保証人となってしまい、食事も住居もままならないほどの極貧生活へと転じてしまったといいます。また、毎晩借金の取り立てがやってきて、お父さんが一時拉致されてしまったこともあるという衝撃的すぎるエピソードも…。
現在はお笑い芸人となり、伝説を残すほど大人気の芸能人となった浜田雅功さんですが、幼少期には壮絶な経験をお持ちであることに衝撃を受けたファンも少なくありません。
生きることを諦めなければ…前向きに人生を送ろう
今回ご紹介した芸能人の方々以外にも、幼少期やデビュー前まで、極貧生活を送っていたという方々は数多くいます。
どのような苦境に立たされても、前を向いて生きることを諦めなければチャンスが巡ってくる可能性があることを感じさせられます。気になる方は、他の方々のエピソードも調べてみてはいかがでしょう。