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「ざるそば」と「もりそば」の違い、説明できる?
お蕎麦屋さんに行くと、そばの表記が「ざるそば」と「もりそば」のどちらかで表記されていることが多いです。現在は、「ざるそば」が使われているお蕎麦屋さんが多いですが、皆さんは「ざるそば」と「もりそば」の違いをご存知でしょうか。
意外と「ざるそば」と「もりそば」の違いを説明できる人は少なく「どちらも同じでは?」と思っている人が大半です。実際、2つのそばを見比べてみても、のりが乗っているかいないかくらいの違いしか見た目にはわかりません。
しかし、そばの歴史を見てみると、「ざるそば」と「もりそば」という2つの言葉ができた経緯がわかるのです。
実は歴史が深い!そばの始まりは縄文時代
ちなみに、日本人に馴染みの深いそばの歴史は、縄文時代までさかのぼります。なんと高知県内で、9000年以上前の遺跡からそばの花粉が発見されているため、縄文時代からそばの栽培が行われていたと考えられています。
また「蕎麦」という言葉が名付けられたのは、奈良時代前期、西暦797年の『続日本紀』だと考えられています。これほど昔からそばは日本の多くの人に愛されてきていたのです。
「ざるそば」と「もりそば」の違いは江戸時代にあり!
ここから本題に入ります。「ざるそば」と「もりそば」は、現在では見た目にあまり違いが見られません。実際、お蕎麦屋さんでも「あまり違いはない」と答える方が多いです。では、どこに違いがあるのでしょうか。それは江戸時代までさかのぼるとわかります。
「もりそば」は汁につけて食べる盛ったそば
そもそもそばは、汁に麺をつけて食べるスタイルが主流でした。現在もそばをそば湯などにつけて食べるスタイルが主流なので、昔から変わりはないと言えます。
しかし、江戸時代に入ると、そばを汁につけて食べるというスタイルを面倒だと感じる人が続出し、汁をそばに直接かけて食べる「かけそば」が流行し始めました。この「かけそば」と区別するために元々のスタイルを「もりそば」と呼ぶようになったのです。
「もりそば」の由来は、そばをせいろやお皿に盛っていたことが由来だと一説で言われています。
「ざるそば」は竹ざるに盛ったそば
お皿にそばを盛り、汁につけて食べるスタイルを「もりそば」と言っていた江戸時代初期、東京の深川にあった伊勢屋では、せいろやお皿ではなく、ざるにそばを盛ってお客に提供していました。その際、ざるにそばを盛って出すスタイルから「ざるそば」と名付けたと言われています。
さらに明治に入ると、ざるそばにはもみ海苔と言われる海苔をそばの上にかけて食べるようになり、「もりそば」と「ざるそば」を区別するため、「ざるそば」には一番出汁を、「もりそば」には二番出汁を汁に使うようになったと伝えられています。
さらに、ざるそばの方が上質なそば粉を使用していたとの説もあり、当時は「もりそば」が庶民的なそばで、「ざるそば」が高級感のあるそばという認識だったと考えられています。
結局「ざるそば」と「もりそば」の違いは?
以上の歴史から、「ざるそば」と「もりそば」の違いは、元々そばを乗せるお皿から始まり、徐々に海苔を乗せたり、出し汁を変えたりすることで、区別化を図っていったことが違いとして挙げられます。
現在、「ざるそば」という表記が多く使用されているのは、明治時代に「ざるそば」の方が高級感のあるそばという認識が広まったことから、商売上の戦略として「ざるそば」が多く使用されるようになった名残だと考えられています。
つまり、現在では「ざるそば」と「もりそば」にはあまり違いはなく、最初にお話ししたように、お蕎麦屋さんでも馴染みのあるどちらかの名称を使って提供している状態と言えるでしょう。
お蕎麦やさんによっては、出し汁や海苔の有無によって名称を変えて区別化しているところもあるかもしれませんね。
お蕎麦屋さんに訪れたらお品書きを確認してみよう!
いかがでしたでしょうか。結論から言ってしまうと、2つのそばに大きな違いはありません。しかし、歴史が関係しているという面白い事実が隠されていました。次にお蕎麦屋さんに訪れた際は、ぜひお品書きを意識して確認してみてください。